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すみません
Fri.16.10.2015 Posted in お知らせ
現在、私事多忙のためなかなかパソコンが開けません。
今月いっぱいで仕事を辞めようと思っていますので、11月中には復帰したいと思っています。

ただ携帯から文字だけの更新はするかもしれません。 よろしくご容赦~。

« 年内 | Home | エゾシカ [Ezo Shika Deer] »

comments

こんばんは!

えっ・・・
仕事、キツイんですか?
まさかブログのために仕事を辞めるワケじゃないと思いますが・・・

おもちゃのひろくん様

あー、いや、その、親父が急病で倒れてしまい、看病と高齢のお猫様のために、私が千葉の家に当分の間住む事になったので、考えられる最善の策として、東京での仕事を辞める事となった次第です。

何しろ通勤時間だけで、ゆうに3時間は軽く超えますので、どうにもならんのです。

御心配ありがとうございますー❕❕

な、なんと・・・

心中お察しいたします・・・
もし私にもお力になれそうなことがあれば、いつでもおっしゃってください・・・
差し出がましいことを申しました。でも、心配で・・・
今週末から急に寒くなるそうです。お気をつけください。

図書館の。様

あっありがとうございます。

シビアな時に嬉しいお言葉、心に染み入りますです。 父親は一時的にとはいえ、超最悪期をとりあえず脱しています。 医療チームと本人の精神力の強さと思いますが、私と妹と姪の必死の呼びかけが、少しは功を奏しているかなという情況です。

図書館の。様と縁が切れなくて、このブログをやっていて良かったなと思っています。多謝。

コメント遅くなってすみません

^_^;心中、お察しいたします。
ワタシも似たり寄ったりなもので、
反対に通勤がきちんとしている会社やバイトだと、
かなり困難なことに気付き、現状維持で良かったのかも、とか。

ニャホニャホさんは、上野動物園の近くだったのに、
お父様のいらっしゃる家に移動されるのも、
仕方がないような、三時間往復よりはマシなような。

とりあえず、前は向いて、
でも頑張らなくて良いです。

介護は祖父母と父でも経験がありますが、
共倒れにならないように介護保険制度を使うとか。
母も申請が通って約十年・・

申請通過のちの内容にもよりますが、
ヘルパーとかデイケアを利用すると、
自分が休めますので、やや楽になれると思いますが。

mecha☆様

お気遣いありがとうございまする〜。

介護度としては、すでに最重度と認定済みだったので、おそらく金銭的には、そんなに負担にはならないようです。

それに当分の間は病院で24時間の監視下ですので、かなりヘビーではありますが、まだ体力は残っています。

えーとね、それとね、昨日で仕事を辞められましたー(嬉)。 仕事の引継ぎがやや難行して、三度くらい白目になりかけましたが、やれることはやってきました。

何より職場の皆様が優しく、いろいろプレゼントというかお餞別を頂いて家に帰って来ました。 帰路、暗がりを歩いている時、涙が出そうになりました(←おれのキャラでは有り得ない事)。

状況はシビアですが、自分はなかなか幸福な人生を送っているんじゃないかと感じました。

にゃほにゃほさん、
人生には、踏ん張らなくちゃいけないときってあると思う。
今がその時のようですね。
だから、私はあえて「頑張って!」って言っちゃいます。
にゃほさんたちの呼びかけは、必ずお父様に届いていると思うもの。

みなさんのコメントとにゃほさんのお返事で、ご事情を知ることができました。私も祈ることができて感謝してます。

ところで、今のお住まいは、都賀にある動物園に近いのかなぁ?
開園当初に行った思い出があるんだけど。。。

かめこ様

ありがとうございます。
残念ながら親父は15日に亡くなりました。 9月22日に病院に救急入院したのですが、脳梗塞(大きな梗塞で左脳の80パーセントくらいを損傷)に加え、脳出血も併発していて、とても危ない状態でした。

しかし私の父親は、私と違ってガッツの塊のようなヒトで、1か月ほどで柔らかいごはんが食べられるくらいにまで回復しました(これには医師も驚いていました)。

しかしその後、再度梗塞を発症。しかししかし、それでもまた、回復し始め、12月12日から食事の練習を再開した矢先でした。

死の前日の14日にも当然私は見舞いに行っていて、帰り間際に「テレビを見る?」と尋ねたところ、頷いたので、ベッドサイドのテレビをつけて、ちょうどやっていたアメ探訪の番組を見せつつ(グイグイという感じで見ていました)、タイマーを1時間セットして帰ってきました。

15日の12時15分頃に病院から電話があり、父の死を告げられました。病院に駆けつけると、まだ顔も温かいままでした。 主治医の話によると
「朝9時の回診の際は、声を掛けると、頷いて微笑んでいた。10時、11時も同様で、12時に看護師が病室に行ってみると、呼吸も心臓も停止していた」
との事でした。

やすらかな死に顔というよりは、寝顔でした。 オヤジはやるだけやった、やりつくすほどやった(闘病だけではなく人生全般も)、というのが、看病していた家族(私・妹・姪)の偽らざる心境です。

かめこさん、みなさま、温かいコメントありがとうございました。 

極楽動物園+1は年内に復活を予定しています(どうなるか分かりゃしませんが)。

あ、「都賀にある動物園」というのは、おそらく千葉市動物公園(素晴らしい動物園です。ハシビロコウもいます)の事だと思うのですが、ウチはそこまで田舎じゃありません(笑)。





そうでしたか。。。

お父さまのご様子に、うんうん とうなずきながら拝読いたしました。
お手本のような生き様ですね。憧れるなぁ。
家族に寝顔と思わせるような亡くなり方も素晴らしいです。
ご冥福をお祈りいたします。


にゃほにゃほさん、お疲れさまでした。
少し経つと、ドッと疲れが出てくるかと思います。
寒くもなりましたし、どうぞご自愛くださいね。


動物園の話。
あ、それは失礼しました。
千葉市動物園は、義姉夫妻の家から直ぐなの。そんなに田舎なのね?姉の家(笑)。
それはともかく、その動物園にお出かけの際はお声掛けいただけるとうれしいです。好印象なのですが、もう自分では行く機会がないと思うので。


そしてシークレット情報:(ってブログでしゃべっちゃうけど)
来年3月5日土曜日夜に、三毛猫さんから召集がかかると思います。今から言っておきますから、ぜひとも空けておいてくださいね。かめこの憧れのお父様のお話、もっと聞かせてほしいなぁ。

かめこ様

親父は浅草橋で5人兄弟の家庭(親父以外は女性。姉二人妹二人)で育ちました。いわゆる貧乏人の子沢山の家ですね。

姉妹に囲まれて育ったせいか、私は親父が生きている間、一回も人前でオナラをしたのを聞いたことがありませんでした。ヤンチャ坊主だったはずなのに。

ハイティーンになると軍隊に行くことになり、「予科練」で神風特攻隊の一員になり、出撃の順番待ちをしていたそうです。

幸い出撃の何番か前で終戦となり、復員してからは大学で法律の勉強をしていたようです。しかし学費が続かず中退。友人の口利きで三井という大きな会社に入ることになるのですが、何が気に食わなかったのか、そこも3年くらいで「ケツを捲って」退社。

そのあと、ここが我が父親ながらセンスが良いと思うのですが、突如、豆腐屋に転身。 そして50歳を過ぎた頃、昔取った杵柄で「宅建」の資格を取り、再度サラリーマン(不動産会社)に復帰。 3年勤めた後、独立して上野に不動産会社を設立。 70歳過ぎに引退して、いま私がいる千葉(船橋市)の片田舎に隠居、という人生でした。

バブル景気という時代には、いわゆる「地上げ屋」が跋扈し、下町の長屋で暮らす低所得老人を泣かせていたので、借地借家問題をメインに営業していた父とは、なかなか笑える事があった様です。 その話はまたお会いした時に。


>少し経つと、ドッと疲れが出てくるかと思います。

ああ、やっぱりそうなのかも知れませんね。現在、表面意識と深層心理のギャップにちょっと吃驚しています(突如、ノドがカラカラになったりする)。気を付けます。


あ、千葉市動物公園はそんな田舎じゃありません(汗)。千葉市に暮らしている方にとっては、裏庭みたいなものでしょう。あくまで、都心からの直線距離という意味です。

「そんなに田舎じゃない」は、まあ、高幡不動で暮らしている方が、「お住まいは多摩動物公園駅のお傍ですか?」と問われたときに発する叫び声と同じだと思っていただければ、と思います(笑)。

3月にお会いできるのを楽しみにしていますー。

お父さまのお話、うらやましく拝聴したしました。
にゃほにゃほさんは、ご自分が子ども時代の記憶だけでく、お父さまのことをいろいろご存じなのですね。


うちの父はね、昔の話を何もしない人だったの。
だから何も知りません。母から、戦地で腸チフスで死にかけた、って聞かされたくらいかな?
昔話どころか、いつも母が話の仲介役で、ほとんど直接話をしたことがないかも。母が認知症になるまで。(その後も必要最小限のみ)
とても穏やかな人で、とっつきにくい感じはないのに、なぜか会話しなかったなぁ。。。


3月に、続きを聞かせてくださるのですね?
楽しみにしています。
なんていうか、そのとき にゃほにゃほさんが、話したいなぁ、て自然に思えるような 温かな心持ちでいていただけますように。
お身体もお心も、お元気でお会いできますように。


追伸:わざと言っただけですからね。お気遣い痛み入ります。

かめこ様

お父様の事、何だか分かるような気がします。年頃の娘になんと話しかければ分からなかったのでしょうね。

きっと、かめこさんもお父様に似た資質があって、お父様の背後から抱き付いて脇の下をくすぐりながら
「ねえー話してよー!!」
などという行動はとらなかった様に推察しております。

もの凄い事を言ってしまいますが、キリストも釈迦も自身の考え(哲学)は書き残さなかった(わざと?)のでありますから、至高の真理はバイブレーションから感じ取るしか無いのかも知れませんね。


>3月に、続きを聞かせてくださるのですね?

お聞かせするにも何も、下町のスラプスティック家族のバカ話なら、いつでも喚かせていただきます(笑)。

かなり遅れてすみません!かめこさんが話してくれてるとおり、3月上旬にまた水道橋にいきます。連絡します。かめこさん、ありがとう✩

TVを見ながら苦しまずに逝かれたこと、悲しいけどよかったと思います。私も9月に義父が亡くなりました。

施設から「熱が下がらない」と言われて病院に運ばれたとき、義父は私の手を握って「もう終わりかな、いのち」と言いました。その3日後に帰らぬ人となったので、それが最期の言葉です。

義父は、うちの旦那ではなく旦那の兄(長男)に面倒をみてもらいたかった。なのに長男は臨終の場にもいなくて、葬儀のあと写真も遺骨も捨ててしまいました(喉仏はあります)

しょうがないからうちの仏壇に義父の名前を書いて、毎日拝んでいます。旦那の家族は時々びっくりすようなことをするので退屈しません(笑)

三毛猫さま

おそらくテレビを見ながら死んではいないはずです。私が前日にテレビを見せて1時間タイマーをセットして帰ってきたので、翌日看護師さんが親父からのリクエストで、テレビのスイッチを入れたとは考えにくいです。

 現在、親父が亡くなった後の法律関係の諸手続きの複雑さで四苦八苦している最中ですが、三毛猫さん家の義父様の場合はご家庭の事情が複雑なのですね(←ウマイ!)。

3月は初めて最初から宴会に参加できると思いますー(多分)。

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